Csunの日記

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ワンガリ・マータイさんを描いた伝記絵本『ワンガリの平和の木』

ワンガリ・マータイさん。環境分野で初の、またアフリカ人女性として初の「ノーベル平和賞受賞」、「生物学博士」、「ナイロビ大学教授」、「ケニア共和国の環境・天然資源・野生動物省副大臣」、「ケニア女性国民会議議長」、「アフリカ連合経済社会文化会議の初代議長」、「ケニア・マジンジラ緑の党代表」「国連平和大使」…そして「グリーンベルト運動創設者」。

数々の肩書きが示すように、祖国・ケニアを引っ張り世界にもその影響力を認められた一人の女性の活動が、たった数本の苗木を植えることから始まったのだ…。と感慨深い思いにとらわれる絵本です。私は作者を同じくする『バスラの図書館員』がきっかけで本書を手にしました。

ケニアの大地…!

作者(作・絵):ジャネット ウィンターさん

NY在住の絵本作家。シカゴ生まれでご両親はスウェーデン人。シカゴの美術学校やアイオワ大学で学んでいます。実話を元にした伝記絵本の執筆が多く、イラク戦争下で図書館の本3万冊を守った図書館員を描いた『バスラの図書館員』(晶文社)や、2014年ノーベル平和賞を受賞したマララさんを描いた『マララとイクバル パキスタンのゆうかんな子どもたち』(岩崎書店)などがあります。

csun.hatenablog.jp

訳:福本友美子さん

慶應義塾大学文学部図書館・情報学科を卒業後、公立図書館で司書として勤務。児童書の研究や評論、翻訳を手掛けています。訳書に『としょかんライオン』(岩崎書店)、『戦争をくぐりぬけたおさるのジョージ』(岩波書店)など多数。また、ジャネット・ウインターさんの作品の訳に、ニューヨーク同時多発テロ事件が舞台の『9月のバラ』(日本図書センター )、実話に基づきマンハッタンの高級アパートに棲みついたタカを描いた『ニューヨークのタカペールメール』(小学館)などがあります。

主人公:ワンガリ・マータイさん

2004年にノーベル平和賞受賞。活動上の肩書きは先に述べた通り多くありますが、一言で表すならば「女性環境保護活動家」となるのでしょうか。「女性」であることも、重要なんです。マータイさんの活動は、ケニアの農村の女性たちの自立と生活環境の向上に資するところ多大だったからです。

マータイさんは、1940年にケニアの中部、ケニア山の南に位置する二エリ地区の農家に生まれました。「みどりのかさのように」木の葉が生い茂る土地で、サツマイモやサトウキビの収穫、薪拾いを手伝う少女時代を過ごしています。

そんなマータイさん、学業優秀のためカトリック修道会の主宰する学校に通うことになり、20歳で国費留学の機会を得てアメリカで修士号を取得。帰国してナイロビ大学で博士(生物分析学)となり、助手を経て同大学初の女性教授となります…優秀ですね…!ただここで初めて、男性ばかりが優遇されるという「女性であるがゆえの問題」を経験。女性問題への関心を深めていきます。

さて、マータイさんが育つ過程でのケニアは、イギリス領として第二次世界大戦を経験し(マータイさんが生まれる前年に第二次世界対戦が勃発)、1960年(マータイさんアメリカに渡った年)に始まるアフリカ諸国の独立の機運の中で1963年に独立、翌年には共和制に移行するという大きな流れの中にありました。

学業を修めて帰国したマータイさん、故郷を見て愕然とします。樹々は切り倒されて畑に作物もなく、緑豊かだった大地が様変わりしていたから…。

絵本には、

「わたしの家のうらにあった木を

とりもどすことから はじめようーいちどにすこしずつ」

ワンガリは、まず9本の苗木をうえました。

とあります。グリーンベルト運動の始まりです。(「7本」となっている記事も多くありますが、絵本では「9本」。いずれにしても10本に満たない苗木を植えることから始まったのですね。)

グリーンベルト運動

プロジェクトとしての「グリーンベルト運動」は、「ケニア国民ひとり1本の木を植える」を目標に1977年に始まりました。貧困に立ち向かう術として女性の参加を促し、教育の機会と報酬を与えました。

この報酬は、外来種ではなく在来種が根付いた場合に、その本数に応じて賃金を支払うというものでした。そこには、従来の農業に立ち戻るべきであるという考えがありました。トウモロコシなど元々アフリカになかった外来種を栽培しようとするがために、アフリカの気候に合わない土地の活用をすることとなり、その結果土壌の侵食や穀物の不作が起こっていると考えたのです。この植林によって初めて賃金を手にする女性も多くいました。

女性の地位の向上や民主化にも繋がるこの運動は、その頃の独裁政権下にあって危険視されます。マータイさんは幾度も投獄を経験しますが、それでもめげずに信念を貫き、この運動はやがてアフリカ全土に広がり、これまでに少なくとも5,100万本の木が植えられました。

また、グリーンベルト運動は、「限りある資源が紛争や戦争を引き起こす」として「平和」を希求するための運動でもありました。

マータイさんと日本

2005年2月、マータイさんは、京都議定書発効記念行事に出席するために初来日します。そして、そのまさに到着の日に「もったいない」という言葉を知り感銘を受けます。翌3月には早速、国連女性地位委員会にて「MOTTAINAI」を出席者と唱和し、この言葉を世界に広めるきっかけを作りました。

ところでマータイさん早稲田大学青山学院大学をはじめ、いくつかの日本の大学から名誉博士号を贈られているのですが、早稲田大学での名誉博士号授与式では「自然主義者として、生物学者として、人間として」と題した興味深い講演を行っています(2006年)。

www.waseda.jp

ここでマータイさんは、日本を「技術を最高水準にまで高めながらも過去の英知を失わない、その資質が高く評価されている」としています。マータイさんは「過去の英知」を大切にします。ケニア外来種を育てるようになった過程で、従来の農業体系を「原始的で非生産的なシステム」として排除したものの、結局「今になって科学者がこの方法に立ち返って研究してみたところ、昔の人の土地活用法には英知がたくさん詰め込まれていたことが再発見されている」ことに言及。「MOTTAINAI」も「過去の英知のひとつ」に位置付けています。

そして、日本人は森林の豊かな国で暮らして環境保護を上手にしているとし、「皆様はこのメッセージを世界に広げるための手助けをし、人々(特に発展途上国や弱小国の人々)に現実に目覚めなさいと励ますことができる立場にいらっしゃる」と、環境保全を先導する側にあると期待を寄せています。

マータイさん縁のドングリ宇宙へ

「今、私が目標とし、希望しているのは、いつの日か、彼ら宇宙飛行士が宇宙へ行って地球を観察したときに、一面が塵に覆われていないアフリカの大地を目にしてもらいたいということ、私たちが地球を植物で埋め尽くして塵の層を消滅させることです。」

先と同じ早稲田大学名誉博士号の授与式にて、マータイさんはこのようにも語っているのですが、マータイさんゆかりのドングリが宇宙を旅したことがありました。2021年のことです。福島県立飯坂小学校のHPにその記事がありました。

fukushima.fcs.ed.jp

2006年に福島県を訪れた際、マータイさんは同校に立ち寄って児童とともにドングリを植えたそうです。そして15年を経て立派に育ったコナラから拾い集めたドングリが、宇宙飛行士・野口聡一さんとともに宇宙ステーションに滞在したのです。素敵なお話ですね!

また、この飯坂小ともう一校、月輪小学校は、マータイさん福島県を訪問した2月14日を「もったいないの日」と定めて、環境保全活動をしているそうです。

mainichi.jp

ドングリが宇宙を旅したのはマータイさんご逝去の後でしたが、マータイさんが託した願いは、このような形としても叶っているのですね。

書籍データ

題名:『ワンガリの平和の木』
作者:ジャネット ウィンター
訳者:福本友美子
版元:BL出版
発行日:2010年2月1日
サイズ:28×21cm 
頁:32頁
定価:1400円+税